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出張専門のプライベートレッスンは格別です!

なぜ、僕は他のトレーナーと活動方法が違うのだろうか。

過去の振り返りから話を進めます。

「フィットネストレーナー、パーソナルトレーナー」というイメージをしてみてください。

共通して「ジムで筋トレを指導してくれる専門家」と思いませんか。

「プロテインをガンガン飲んでいて、いつもハイテンションで威圧感がある」と想像する人もいるでしょうか。

たぶん、そうだと思います。

しかし、僕はなぜだか違いますね。

パーソナルトレーナーとして独立して丸12年経過したので、振り返ってみました。

すると、色々とわかってきたことがありました。

僕は医療系の学校や、スポーツの専門学校に行っていません。

高校3年まで陸上競技短距離走に励んでおり、その後スポーツの道へ行こうと思ったのですが、進路を考えていた際に地元のフィットネスクラブのオーナーと話をさせていただく機会があり、そこで言われたことがきっかけで別の進路へ行くことになりました。

その言葉とは?

「この業界は何歳になってでもスタートできる!今は他の業界や社会を学んでからでも遅くない」

僕は素直に他の道へ方向性を変えることにしました。

たまたま高校の姉妹校に、幼児教育学科を学べる短期大学がありました。

他にやりたいことが無かったこともあり、幼児教育の道を選択しました。

そこから2年間の中で、スポーツの道へ進みたい気持ちが強くなり、就職にはフィットネスクラブが良いと考え始めました。

これまた、偶然にも短期大学の先生が岡山スポーツ会館OSKスポーツクラブの支配人を繋がっていることを知りました。

その先生に直談判してOSKへの面接にまで繋げていただくことができました。(感謝)

そして面接を受けて見事「合格」をいただきました。

なぜ合格したのか?

その理由をハッキリ言われました。

「桝田君は、今までの志願者の中で一番挨拶が良かった。車を降りても最後まで挨拶を続けていた」

面接は最寄りの駅まで送迎をしていただきました。その際に、乗車する時と下車してからのお見送りまでの挨拶が良かったのだそうです。僕は無意識でやっていました。

これには母親と部活動での教育に感謝しました。

 

最初はアルバイトからスタートです!

同期に正社員で入社してくる同年代がいるわけです。

なぜだか僕はその同期に勝手にライバル心が芽生えてしまい、「負けないぞーーー!!!」と一心に働き続けました。

社員に負けたくない!!

大っ嫌いだったスイミング指導や、ノリが好きだったエアロビクスとアクアビクスの資格を取得しました。

マシン指導もしていました。休みも取らず現場に出続けていました。

社会を知らないため、全てが初めてづくしで、朝6時から夜10時まで働き、そのあと夜中の3時くらいまで施設内のスタジオでレッスンの練習をして、そのまま施設のベンチで寝て次の日を迎える日々を送っていました。

その頃の体脂肪率は4%で、骨密度が60歳並みと診断されたことを今でも忘れません(泣)

そのくらい体はボロボロだったと思います。

嫌じゃなく好きで働いていました。

とにかく上司から「認めてもらいたい」という気持ちだったことを覚えています。

しかし、同僚にはイメージが悪かったと思います(汗)

今思い起こすと、スタッフとのコミニュケーションについて、やり直したいくらい申し訳なかったなぁと思っています。(泣)

その後、契約社員にまでなれましたが、4年経った頃に腰を壊してしまい、どこで治療しても治らず、仕事への熱が冷めてしまい退職を決めました。

その後、フラフラしていた時期や、2交代制の工場で半導体の仕事をしていました。

2回目の出会い

2年間工場勤務で働いている時に、働いている会社のグループに「スポーツトレーナー業務」の会社があることを知りました。

もう運動指導には携わらないと思っていましたが、諦めきれず役員に直談判!!

面接にまで繋げていただき、見事入社させていただけました。

今まではフィットネスインストラクターでしたが、ここではスポーツトレーナーです。

新たな境地で新たな勉強に励みました。

スポーツトレーナーの業界をたくさん勉強させていただきました。

幼児体育、加圧トレーニング、運動部指導、講演など。

腰痛は完治していなかったため、悪化しない程度に用心しながら活動していました。

人生の転期

数年経った頃にOSKの先輩がパーソナルトレーナーをやっていることを知り会いに行きました。

尊敬するほどの知識だったため、腰痛について相談をしました。

そこで「運動療法」を教えていただきました。

痛みの原因を探し、そこが改善される運動を取り入れるというものです。

すると・・・

あれっ?痛くないぞ???

痛みが軽減し始めたのです。

これには驚きました。これまで誰かに治してもらうことが当たり前に思っていたのでこんな方法があるのかと。

そこから運動療法に興味を持ち始めました。

すると、これまでの働き方の方向性に迷い始めました。

「このまま社内で続ける方法もあるけれど、思い切って独立しよう!!!」

周囲にはご迷惑をおかけしました(謝)

この決意で、30歳で独立することになりました。

ここまでには様々なお客様(クライアント)との出会いがありました。

子どもたち、教育機関の先生方、関節障害に悩まれている人、痩せなくて困っている人、その他の疾患で悩んでいる人など。

全ての人を対象にした活動をやろう!

この思いから独立をスタートさせました。

そのためには様々な勉強が必要です。この時に一家の大黒柱になっていました。

一心不乱に全国の様々な講習に通い続け、技量を高めていきました。

そして今、独立スタートの時と同じ気持ちで、

「子どもの指導、関節痛の改善、ダイエット指導、健康サポート」のご要望にお応えしております。

本題

前振りが長かったです(笑)

スタジオインストラクターをやっていた経験や、子どもの運動教育に携わっていたこと、自身の腰痛から学んだ背景、運動部での指導 これらの経験があったことで、現在のような活動範囲の広さに至ったのだと思います。

全国に様々なトレーナーが活動されていますが、僕のようなトレーナーもいます。それ以外の専門トレーナーもいます。

”トレーナー”という肩書きも増えてきていますが、いろいろな運動指導者がいるのです。

僕を一般的なトレーナーイメージから解釈すると、「脱・トレーナー」かもしれませんね。

今思うと、高校生の時に話をしてくださったフィットネスクラブのオーナーさんに言われる通りだと思います。(感謝)

高卒で留学してスポーツや医療に進み専門性を磨く方法もあったと思いますが、遠回りしてきたことが今の僕にとってはとても価値があったことだと思っています。

これからも更に精進していきます。

振り返りの日記でした。

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